量子力学/時間に依存しない摂動論

摂動論の概要

現実的な系では波動方程式の解がカッチリもとまる例がかなりすくなく、 何らかの方法で近似的に解く事が必要となってきます。 その方法が摂動論です。

正確に解ける系のハミルトニアンを少しだけズラせば、 その固有関数と固有値も少しだけ変化するはずです。 そのずれを近似的に求めるというのが目的になります。

使う変数

求めたい系のハミルトニアン$\hat{H}$が、 正確に解の求まるハミルトニアン${\hat{H}}_0$と、 微小なズレを表すハミルトニアン${\hat{H}}^{\prime }$の和で表される場合を考えます。

$\hat{H}={\hat{H}}_0+\lambda {\hat{H}}^{\prime }$

($\lambda$は微小量を表す係数。 最終的に$\lambda$のベキで展開する。)

当然ハミルトニアン${\hat{H}}_0$は正確にもとまる物としたので、 その波動方程式は以下のようにとります。

${\hat{H}}_0|{\psi }_0⟩=W_0|{\psi }_0⟩$

当然

$|{\psi }_0⟩=|n⟩$

$W_0=E_n$

となります。

そして求めたい系のハミルトニアン$\hat{H}$に 関する波動方程式を以下のようにとります。

$\hat{H}|\psi ⟩=W|\psi ⟩$

さらに摂動論ではこの方程式の固有値と固有関数がそれぞれ${\hat{H}}_0$の 場合より少しだけずれると考えるので、 以下のようにとる事ができます。

$|\psi ⟩=|{\psi }_0⟩+\lambda |{\psi }_1⟩+{\lambda }^2|{\psi }_2⟩+\cdots$

$W=W_0+\lambda W_1+{\lambda }^2{W}_2+\cdots$

縮退が無い場合

上のように変数を取った場合に、系に縮退が無ければ、 固有値は、

$W_0=E_n$

$W_s=⟨n|{\hat{H}}^{\prime }|{\psi }_{s-1}⟩(s=1,2,\cdots )$

$W_1=⟨n|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩$

$W_2=-\sum _{m\ne n}\frac{{\left|⟨n|{\hat{H}}^{\prime }|m⟩\right|}^2}{E_m-E_n}$

固有状態は、

$|{\psi }_0⟩=|n⟩$

$|{\psi }_1⟩=-\sum _{m\ne n}\frac{⟨m|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩}{E_m-E_n}|m⟩$

$|{\psi }_2⟩=-\frac{⟨m|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩⟨n|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩}{(E_m-E_n{)}^2}+\sum _{k\ne n}\frac{⟨m|{\hat{H}}^{\prime }|k⟩⟨k|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩}{(E_m-E_n)(E_k-E_n)}(m\ne n)$

と順次微少項を求めていく事ができます。

縮退がある場合

縮退が存在する場合は、$W_0$について複数の状態が存在します。 ですからN重の縮退をしている場合、$|{\psi }_0⟩$は

$|{\psi }_0⟩=a_{n_1}|n_1⟩+a_{n_2}|n_2⟩+\cdots +a_{n_N}|n_N⟩$

というそれぞれの状態の重ね合わせで表現されます。 ($|n_i⟩$は固有状態、 $a_{n_i}$はそれぞれの固有状態に対応する適当な係数)

これを考慮して解いていくと摂動の一次の固有値$W_1$は

$\left(\begin{array}{ccc}⟨n_1|H^{\prime }|n_1⟩& \cdots & ⟨n_1|H^{\prime }|n_N⟩\\ ⋮& \ddots & ⋮\\ ⟨n_N|H^{\prime }|n_1⟩& \cdots & ⟨n_N|H^{\prime }|n_N⟩\end{array}\right)\left(\begin{array}{c}{a}_{n_1}\\ ⋮\\ a_{n_N}\end{array}\right)=W_1\left(\begin{array}{c}{a}_{n_1}\\ ⋮\\ a_{n_N}\end{array}\right)$

という摂動のハミルトニアンを(摂動のゼロ次の固有状態で)行列表示した場合の固有値方程式で得られます。

さらにこの固有値方程式から$a_{n_i}$も求まり、 ここで始めて$|{\psi }_0⟩$が得られる事がわかります。

そして摂動の一次の固有状態は

$|{\psi }_1⟩=\sum _{k\ne 1,\cdots ,N}{a}_{n_k}|n_k⟩$

として

$a_{n_k}=-\frac{⟨n_k|H^{\prime }|n_1⟩a_{n_1}+\cdots +⟨n_k|H^{\prime }|n_N⟩a_{n_N}}{E_k-W_0}$

と求まります。

時間に依存しない摂動論

$H=H_0+H^{\prime }$

ここで$H_0$は摂動を受ける(少しだけズラされる)前のハミルトニアンで、 対応する波動方程式が正確に解ける物です。 一方$H^{\prime }$は受けた摂動(ズレ)を表す項です。

そしてこの摂動を受けたハミルトニアン$H$による波動方程式

$H\psi =E\psi$

は正確には解けないはずです。

線形代数における摂動論

先の$H,H^{\prime },H_0,\psi ,E$はそれぞれ スカラー・ベクトル・行列で表せるので、 まずこれらを簡単なベクトルと行列に置き換えて議論します。

次のシュレディンガーの方程式とその要素に対応した物を考えます。

$H\overrightarrow{\psi }=E\overrightarrow{\psi }$

$H_0=\left(\begin{array}{cc}{E}_1& 0\\ 0& E_2\end{array}\right),H^{\prime }=\left(\begin{array}{cc}{ϵ}_1& {ϵ}_3^{*}\\ {ϵ}_3& {ϵ}_2\end{array}\right)$

$H=H_0+H^{\prime }=\left(\begin{array}{cc}{E}_1+{ϵ}_1& {ϵ}_3^{*}\\ {ϵ}_3& E_2+{ϵ}^2\end{array}\right)$

この場合$H_0$をそのまま解くと、$\overrightarrow{\psi }=\left(\begin{array}{c}1\\ 0\end{array}\right),\left(\begin{array}{c}0\\ 1\end{array}\right)$で、固有値がそれぞれ $E=E_1,E_2$となり正確に解が求まります。

とにかく摂動を受けたハミルトニアンの場合で固有値を求めることにします。

まず固有値方程式を計算すると、

$\det \left(\begin{array}{cc}{E}_1+{ϵ}_1-\kappa & {ϵ}_3^{*}\\ {ϵ}_3& E_2+{ϵ}_2-\kappa \end{array}\right)=0$

$(E_1+{ϵ}_1-\kappa )(E_2+{ϵ}_2-\kappa )-|{ϵ}_3{|}^2=0$

ここで固有値が元の$E_1$から$\widehat{ϵ}$だけずれるとすると、

$\kappa =E_1+\widehat{ϵ}$

であり、$ϵ$の一次のオーダーで固有値方程式を解くと、 (縮退が無い場合は$E_1\ne E_2$なので)

$\widehat{ϵ}={ϵ}_1$

となります。

同様に$E_2$からのずれは${ϵ}_2$となります。

さらに、$E_1+{ϵ}_1$に対応する固有ベクトルを 仮に$\overrightarrow{\psi }=\left(\begin{array}{c}1\\ \widetilde{ϵ}\end{array}\right)$と置いて シュレディンガー方程式を解くと、

$\widetilde{ϵ}=\frac{{ϵ}_3}{E_1-E_2}$

となり求める事ができます ($ϵ$の二乗以上の項は無視しているのに注意)。 この結果は量子力学の結果と一致します。

縮退が無い場合の摂動論

先の線形代数における場合を、ブラケットと演算子を用いて計算します。

摂動を受けていないハミルトニアン${\hat{H}}_0$に関する シュレディンガー方程式はブラケットと演算子を用いて

${\hat{H}}_0|n⟩=E_n|n⟩$

と表せます。

まず準備としてすべての微小量に係数λをかける事とします。 これにより最終的にλのベキで展開する事が可能になります。 つまりハミルトニアンの摂動による効果を表す${\hat{H}}^{\prime }$は微小量なので、 λをつけて表され、摂動を受けるハミルトニアンは、

$\hat{H}={\hat{H}}_0+\lambda {\hat{H}}^{\prime }$

と表されます。

そして解くべきシュレディンガーの方程式は

$\hat{H}|\psi ⟩=W|\psi ⟩$

となります。(W: エネルギー固有値)。

ここで固有状態の$|\psi ⟩$と、 固有値Wは、摂動を受けていない場合から少しずれるはずなので、 それぞれ以下のように表せます。

$|\psi ⟩=|{\psi }_0⟩+\lambda |{\psi }_1⟩+{\lambda }^2|{\psi }_2⟩+\cdots$

$W=W_0+\lambda W_1+{\lambda }^2{W}_2+\cdots$

ここで微小量は摂動の無い場合からのズレを表すので、微小でない項はそれぞれ

$|{\psi }_0⟩=|n⟩$

$W_0=E_n$

と、摂動の無い場合の固有値と固有状態になる事に注意。

そしてこれらの固有値と固有状態を解くべき方程式に代入すると以下のようになります。

$({\hat{H}}_0+\lambda {\hat{H}}^{\prime })(|{\psi }_0⟩+\lambda |{\psi }_1⟩+{\lambda }^2|{\psi }_2⟩+\cdots )=(W_0+\lambda W_1+{\lambda }^2{W}_2+\cdots )(|{\psi }_0⟩+\lambda |{\psi }_1⟩+{\lambda }^2|{\psi }_2⟩+\cdots )$

これをλのベキについて展開すると以下の各方程式が得られます。

${\lambda }^0:({\hat{H}}_0-W_0)|{\psi }_0⟩=0$

${\lambda }^1:({\hat{H}}_0-W_0)|{\psi }_1⟩=(W_1-{\hat{H}}^{\prime })|{\psi }_0⟩$

${\lambda }^2:({\hat{H}}_0-W_0)|{\psi }_2⟩=(W_1-{\hat{H}}^{\prime })|{\psi }_1⟩+W_2|{\psi }_0⟩$

${\lambda }^3:({\hat{H}}_0-W_0)|{\psi }_3⟩=(W_1-{\hat{H}}^{\prime })|{\psi }_2⟩+W_2|{\psi }_1⟩+W_3|{\psi }_0⟩$

そしてこれらを求めたい微小量のオーダーの方程式まで解くことで 近似解を得ます。

0次の方程式を解きます。 先ず0次の方程式を展開すると、

${\hat{H}}_0|{\psi }_0⟩=W_0|{\psi }_0⟩$

となり、これは摂動の無い場合と同じなので固有値と固有状態はそれぞれ

$|{\psi }_0⟩=|n⟩$

$W_0=E_n$

と表せます。

1次の方程式を解きます。 先ず0次の方程式から

$⟨{\psi }_0|({\hat{H}}_0-W_0)=0$

というのが判りますので、これを利用するために、 1次の方程式に左から$⟨{\psi }_0|$をかけて

$⟨{\psi }_0|({\hat{H}}_0-W_0)|{\psi }_1⟩=⟨{\psi }_0|W_1|{\psi }_0⟩-⟨{\psi }_0|{\hat{H}}^{\prime }|{\psi }_0⟩$

$\iff 0=W_1-⟨{\psi }_0|{\hat{H}}^{\prime }|{\psi }_0⟩$

$\iff W_1=⟨n|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩$

と微小量の1次までの固有値が求まります。

次に固有状態を求めるために

$|{\psi }_1⟩=\sum _{k\ne n}{a}_k^{(1)}|k⟩$

とベキ級数に置いて解を求めます。

このベキ級数を1次の方程式に代入すると

$\sum _{k\ne n}{a}_k^{(1)}(E_k-E_n)|k⟩=(W_1-{\hat{H}}^{\prime })|n⟩$

となります。 ${\hat{H}}_0|k⟩=E_k|k⟩$ である事に注意。

さらにこれに左から$⟨m|$をかけます($m\ne n$)。

$a_m^{(1)}(E_m-E_n)=-⟨m|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩$

ここでは$m\ne k$の場合には$⟨m|k⟩=0$ となり項が消えるので、左辺のsumが消えている事に注意。 そして、

$a_m^{(1)}=-\frac{⟨m|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩}{E_m-E_n}$

という結果が得られ、線形代数の場合と同じ結果となります。 これを元の式に代入して固有状態を書くと

$|{\psi }_1⟩=-\sum _{m\ne n}\frac{⟨m|{\hat{H}}^{\prime }|n⟩}{E_m-E_n}|m⟩$

となります。