Portable, Extensible Toolkit for Scientific Computation/PETScのパフォーマンスチューニング
はじめに
PETScは、大規模な科学技術計算を効率的に実行するための強力なツールキットです。しかし、問題の規模が大きくなるにつれて、計算効率やメモリ使用量が重要な課題となります。本章では、PETScプログラムの性能を最適化するための手法について解説します。具体的には、並列計算の効率化、メモリ使用量の最適化、およびプロファイリングツールの活用について取り上げます。
並列計算の効率化
データ分割
並列計算において、データを適切に分割することが重要です。PETScでは、ベクトルや行列を自動的に分割する機能を提供していますが、手動で分割を制御することも可能です。
例: ベクトルの手動分割
Vec x; VecCreate(PETSC_COMM_WORLD, &x); VecSetSizes(x, PETSC_DECIDE, 1000000); // 100万次元のベクトル VecSetFromOptions(x);
通信の最小化
並列計算では、プロセス間の通信がボトルネックとなることがあります。通信を最小化するために、以下の点に注意します。
- 局所性の高いデータ構造: データの局所性を高めることで、通信量を削減します。
- 非同期通信: 非同期通信を使用して、計算と通信をオーバーラップさせます。
例: 非同期通信の使用
MPI_Request request; MPI_Isend(sendbuf, count, MPI_DOUBLE, dest, tag, MPI_COMM_WORLD, &request); MPI_Irecv(recvbuf, count, MPI_DOUBLE, source, tag, MPI_COMM_WORLD, &request);
メモリ使用量の最適化
疎行列のストレージフォーマット
疎行列のストレージフォーマットを選択することで、メモリ使用量を削減できます。PETScでは、以下のようなフォーマットをサポートしています。
- AIJ: 一般的な疎行列フォーマット。
- BAIJ: ブロック構造を持つ疎行列に適したフォーマット。
- SBAIJ: 対称ブロック構造を持つ疎行列に適したフォーマット。
例: 疎行列のストレージフォーマット設定
Mat A; MatCreate(PETSC_COMM_WORLD, &A); MatSetSizes(A, PETSC_DECIDE, PETSC_DECIDE, 1000000, 1000000); MatSetType(A, MATAIJ); // AIJフォーマット MatSetFromOptions(A); MatSetUp(A);
メモリの事前割り当て
疎行列のメモリ使用量を最適化するために、事前にメモリを割り当てることが重要です。
例: 疎行列のメモリ事前割り当て
Mat A; MatCreate(PETSC_COMM_WORLD, &A); MatSetSizes(A, PETSC_DECIDE, PETSC_DECIDE, 1000000, 1000000); MatSetType(A, MATAIJ); MatSeqAIJSetPreallocation(A, 10, NULL); // 各行に最大10個の非ゼロ要素 MatMPIAIJSetPreallocation(A, 10, NULL, 10, NULL); MatSetFromOptions(A); MatSetUp(A);
プロファイリングツールの活用
PETScのプロファイリング機能
PETScは、プログラムの性能を詳細に分析するためのプロファイリングツールを提供しています。実行時にプロファイリングを有効にすることで、計算時間やメモリ使用量を詳細に把握できます。
例: プロファイリングの有効化
# 実行時にプロファイリングを有効にする mpiexec -n 4 ./my_petsc_program -log_view
外部プロファイリングツール
PETScは、外部のプロファイリングツール(例: gprof, Valgrind)とも連携できます。これらのツールを使用して、プログラムのボトルネックを特定します。
例: gprofを使用したプロファイリング
# プログラムをコンパイルしてプロファイリングデータを収集 mpicc -pg -o my_petsc_program my_petsc_program.c -lpetsc mpiexec -n 4 ./my_petsc_program gprof ./my_petsc_program gmon.out > analysis.txt
応用例
大規模線形方程式の解法
大規模な線形方程式 を解くためのPETScのコード例を示します。並列計算とメモリ使用量の最適化を考慮しています。
例: 大規模線形ソルバー
#include "petsc.h" int main(int argc, char **argv) { PetscInitialize(&argc, &argv, NULL, NULL); Mat A; Vec x, b; KSP ksp; // 行列とベクトルの作成 MatCreate(PETSC_COMM_WORLD, &A); MatSetSizes(A, PETSC_DECIDE, PETSC_DECIDE, 1000000, 1000000); MatSetType(A, MATAIJ); MatSeqAIJSetPreallocation(A, 10, NULL); MatMPIAIJSetPreallocation(A, 10, NULL, 10, NULL); MatSetFromOptions(A); MatSetUp(A); VecCreate(PETSC_COMM_WORLD, &x); VecSetSizes(x, PETSC_DECIDE, 1000000); VecSetFromOptions(x); VecDuplicate(x, &b); // 線形ソルバーの設定 KSPCreate(PETSC_COMM_WORLD, &ksp); KSPSetOperators(ksp, A, A); KSPSetFromOptions(ksp); // ソルバーの実行 KSPSolve(ksp, b, x); // 終了処理 KSPDestroy(&ksp); VecDestroy(&x); VecDestroy(&b); MatDestroy(&A); PetscFinalize(); return 0; }
練習問題
- データ分割: 大規模なベクトルを手動で分割し、並列計算の効率を評価してください。
- メモリ使用量の最適化: 疎行列のストレージフォーマットを変更し、メモリ使用量を比較してください。
- プロファイリング: PETScのプロファイリングツールを使用して、プログラムの性能を分析してください。
- 外部プロファイリングツール: gprofやValgrindを使用して、プログラムのボトルネックを特定してください。
まとめ
本章では、PETScプログラムの性能を最適化するための手法について学びました。並列計算の効率化、メモリ使用量の最適化、およびプロファイリングツールの活用を通じて、大規模な科学技術計算問題を効率的に解く方法を理解しました。これらの手法を適用し、自身のプログラムの性能を向上させてください。