環論

環

群論においては群について扱ったが、群には演算がひとつしか定義されていない。しかし、我々がよく知っている整数や実数には、掛け算と足し算という質の異なるふたつの演算が定義されている。このような代数構造を扱うため、環という概念を考える。

環の定義

集合 $R$ が演算·と+について環であるとは、次の全てを満たすことである。

1. (R,+)はアーベル群
2. (R,·)はモノイド
3. a,b,c ∈ G ⇒ a · (b + c) = a · b + a · c , (a + b) · c = a · c + b · c

3番の性質を分配法則という。この3つに加えてさらに演算 · が可換なとき、 $R$ は可換環であるという。

ここで、乗法についてはモノイドでよいとしている。すなわち、すべての元に対して逆元が存在しなくても構わない。特に乗法について逆元が存在する元を単元と呼ぶ。

整数の集合や実数の集合は、通常の掛け算と足し算について可換環になる。また、環Rを係数とするn変数多項式の全体$R[X_1,X_2,\cdots ,X_n]$や、環を成分とするn次正方行列の全体$M(n,R)$は環となる。

trivialな例として、単集合$\{0\}$も上の定義を満たす立派な環である。これを零環と呼ぶ。ただし、零環自体にはあまり面白いことがない割に、命題を述べる際には例外的に取り扱う必要が生じることがあり、面倒である。よってここでは、特記しない限り「環」といえば「零環でない環」をさすことにする。

(R,+)の単位元を$0_R$、(R, ·)の単位元を$1_R$と書くことにする。また、(R,+)におけるaの逆元を-aと書き、a+(-b)をa-bと書くことにしよう。これらの記法はもちろん整数環での記法を流用したものである。

部分環とイデアル

環$R$の部分集合$S$が部分環であるとは、次の条件を満たすことをいう。

1. $x,y\in S\Rightarrow x-y\in S$
2. $x,y\in S\Rightarrow x\cdot y\in S$
3. $1_G\in S$

群における部分群の概念と似ている。ところで、群においては部分群の中でも正規部分群という特別な部分群を考えることが重要であった。環においては、イデアルという概念がそれにあたる重要な概念である。

環$R$の部分集合$I$が左イデアルであるとは、次の条件を満たすことをいう。

1. $x,y\in I\Rightarrow x+y\in I$
2. $x\in I,a\in R\Rightarrow a\cdot x\in I$

条件2の代わりに$x\in I,a\in R\Rightarrow x\cdot a\in I$を満たすものを右イデアルという。左イデアルかつ右イデアルであるものを両側イデアルという。特に$R$が可換環のときには左イデアルと右イデアルの区別はないので、しばしば単にイデアルという。

$a_1,\cdots ,a_n\in R$があるとき、$R$の部分集合$\{x_1{a}_1+\cdots +x_n{a}_n|x_1,\cdots ,x_n\in R\}$は左イデアルであり、これは$a_1,\cdots ,a_n$を含む左イデアルの中で最小のものである。これを$a_1,\cdots ,a_n$が生成する左イデアルといい、$(a_1,\cdots ,a_n)$と書く。特に、あるひとつの元$a$で生成されるイデアルのことを単項イデアルといい、$(a)$や$aR$と表す。

剰余環

$I\subset R$をイデアルとする。環は加法については群をなしており、イデアルは加法群としての部分群なので、加法群としての剰余群$R/I$を考えることができる。$I$が両側イデアルであれば、さらに$(a+I)\cdot (b+I)=a\cdot b+I$という乗法を考えることで、$R/I$に環の構造を定めることができる。これを$R$を$I$で割った剰余環という。

例

1. $\mathbb{Z}$の部分集合$\{px|x\in \mathbb{Z}\}$は$\mathbb{Z}$の両側イデアルである。これを$p\mathbb{Z}$と書く。$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$は、直感的な言い方をすれば、整数をpで割った余りに着目した環である。
2. $\{0\}$もイデアルである。以下では簡単のためにこのイデアルのことを単に0と書くことがある。
3. 環$R$に対して、$R$自身も$R$のイデアルである。特にイデアル$I$が$1\in I$を満たすとき、$R=I$である。

整域と体

整域

整数の集合では、0でないものどうしの掛け算は0にはならないが、この性質は環の定義から直接導き出されるものではない。環であってもこの性質を満たさないものは存在するのである。しかし、この性質を仮定したほうが見通しがよいことも多いので、そのような集合を環の中で特別なものとして取り扱うことにする。

定義　環Rの任意の元a,bについて$a\cdot b=0\Rightarrow a=0orb=0$を満たすとき、Rは整域であるという。

逆に、0でない元との積が0になるような元を零因子という。整域とは0以外に零因子を持たない環のことである。

整域となる環の例のほうがすぐに思い浮かびやすいので、整域ではない例とはどのようなものがあるかをよく理解してほしい。例えば、$\mathbb{Z}/6\mathbb{Z}$においては、2・3=0なので、この環は整域ではない。また、整数を成分とする2行2列の行列環$M(2,\mathbb{Z})$も、

$\left(\begin{array}{cc}1& -1\\ 0& 0\end{array}\right)\cdot \left(\begin{array}{cc}1& 0\\ 1& 0\end{array}\right)=\left(\begin{array}{cc}0& 0\\ 0& 0\end{array}\right)$

なので、整域ではない。

体

環の定義の際、加法に関しては群をなすことを要請したが、乗法に関してはモノイドであればよいとした。しかし、中には乗法に関しても群をなす環がある。このような環を体という。

定義　可換環 $R$ の $0$ でない任意の元が単元であるとき、$R$ は体であるという。

有理数体 $\mathbb{Q}$、実数体 $ℝ$、複素数体 $ℂ$ などが代表的な体である。 他に、環 $\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$ は $p$ が素数ならば体になることが知られている。

なお、体については豊かな理論があるので、詳しくはこのページではなく体論において触れる。

整域と体の関係について、以下に命題を2つあげておく。

命題　体は必ず整域である。

（証明）

Kを体とする。$a,b\in K$について、$ab=0$かつ$b\ne 0$とすると、両辺に$b^{-1}$をかけると$a=0$となる。したがって、$ab=0$ならば$a=0$または$b=0$、すなわちKは整域である。//

命題　整域であって、有限集合であるものは体である。

（証明）

n個の元からなる集合$R=\{0,a_1,a_2,\cdots ,a_{n-1}\}$が整域であるとする。$a_k{a}_i=a_k{a}_j$のとき、$a_k(a_i-a_j)=0$であり、Rは整域なので$a_i=a_j$である。すなわち、$a_k{a}_1,a_k{a}_2,\cdots ,a_k{a}_{n-1}$はすべて相異なる0でない元であり、したがってこれらのうちのいずれかは1である（鳩の巣原理）。すなわち、任意のkに対して$a_k$は逆元を持つので、Rは体である。//

環の直積

2つの環の直積集合$R\times R^{\prime }$を考える。この集合には、$(x_1,x_2),(y_1,y_2)\in R\times R^{\prime }$に対し、

$(x_1,x_2)+(y_1,y_2)=(x_1+y_1,x_2+y_2)$

$(x_1,x_2)\cdot (y_1,y_2)=(x_1\cdot y_1,x_2\cdot y_2)$

と演算を定めることによって、環の構造を入れることができる。これを直積環という。

可換環どうしの直積はまた可換環になることが容易に確かめられる。

環の準同型と準同型定理

準同型

群の場合と同様に、環の間の写像についても準同型という概念を考えることができる。環R,R'の間の写像$f:R\to R^{\prime }$が環の準同型であるとは、次の条件を満たすことである。

1. 加法群の間の写像としてみたとき、群の準同型になっている。
2. 任意の$x,y\in R$について、$f(x\cdot y)=f(x)\cdot f(y)$
3. $f(1_R)=1_{R^{\prime }}$

特に、部分環からの包含写像、剰余環への自然な全射は準同型になっていることを確かめられたい。

準同型が全単射であるとき同型ということも群の場合と同じである。準同型のkernelも群の場合と同様に$\ker f=\{x\in R|f(x)=0\}$として定められ、これはRの両側イデアルになっている。

準同型定理も、群の場合とまったく同様である。すなわち、全射な環準同型$f:R\to R^{\prime }$があったとき、$R/\ker f\cong R^{\prime }$が成り立つ。

Chinese remainder theorem

準同型定理のひとつの応用として、次のような定理がある。

定理　Rを整域、a,bを(a,b)=Rを満たすRの元とするとき、$R/(a\cdot b)\cong R/(a)\times R/(b)$

証明は、全射$R\to R/(a)\times R/(b)$を構成し、準同型定理を使えばよい。

この定理は、Chinese remainder theoremと呼ばれる（日本語訳は「中国の剰余定理」「中国人の剰余定理」「中国式剰余定理」など揺れがある）。これは、古代中国の数学書に、この定理の$R=\mathbb{Z}$の場合を用いる問題が載っていたことによる。

環上の代数

2つの環A,Rの間に環準同型$f:A\to R$があるとき、RはA上の代数（あるいはA代数）であるという。加群の言葉でいえば、Rが環であってしかもA加群の構造を持っている、ということと同値である。

次のようにして写像fを定めることができるので、任意の環Rは$\mathbb{Z}$代数であることがわかる。

$f(n)=1_R+1_R+\cdots +1_R$（n個の和）

UFDとPID

UFD

整数の集合には、素数という特別な元が存在した。この概念を一般の整域に対して拡張してみよう。まずは記号を準備する。

定義　Rを整域とする。$a,b\in R$に対し、$a=bc$となるような$c\in R$が存在するとき、b|aと書く。

このとき、「bはaを割り切る」という。整数や多項式については既におなじみの概念だろう。この記号を用いて、素数にあたるものを定義する。

定義　整域Rの単元でも0でもない元pが、$p|ab\Rightarrow p|aorp|b$を満たすとき、pはRの素元であるという。

定義　整域Rの単元でも0でもない元pが、$p=ab\Rightarrow$aとbのどちらかは単元、を満たすとき、pはRの既約元であるという。

命題　素元は既約元である。

（証明）

pを素元とし、$p=ab$を満たすとする。pは素元なので、$p|a$または$p|b$である。$p|a$と仮定して一般性を失わない。すなわち、あるcを用いて$a=pc$と表せるので、

$p=pbc$

$p(1-bc)=0$

$bc=1$

である。よって、bは単元である。すなわち、pは既約元である。//

整数の集合における素数は素元でもありまた既約元でもある。しかし一般の整域においては、上の命題の逆は成り立たない。すなわち、素元は既約元であるが、既約元であっても素元であるとは限らない。

例　$R=\mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$において、2は既約元だが素元ではない。

（証明）

$a+b\sqrt{-5}\in \mathbb{Z}[\sqrt{-5}]$が2を割り切るとすると、$a-b\sqrt{-5}$も2を割り切るので、$(a+b\sqrt{-5})(a-b\sqrt{-5})=a^2+5b^2$は4を割り切る。a,bは整数であることに注意すると、これは$b=0$かつ$a=\pm 1,\pm 2$の場合に限る。すなわち、2は既約元である。

一方、$6=2\cdot 3=(1+\sqrt{-5})(1-\sqrt{-5})$であるが、2は$1+\sqrt{-5}$も$1-\sqrt{-5}$も割り切らない。これは2が素元でないことを表している。//

整数においては、素数という概念と関連して、素因数分解という概念があった。このような操作を行うことができる整域は、特別な整域として名前をつけておこう。

定義　整域Rの単元でも0でもない任意の元が、Rの素元の有限個の積として表せるとき、Rは素元分解整域であるという。

実は、素元分解が可能であるとき、この分解は一意的である。命題の形で書くと、

命題　整域Rの単元でも0でもない元がRの素元の有限個の積として表せるとき、その表し方は単元倍を除いて一意。

（証明）

$a=p_1{p}_2\cdots p_k=q_1{q}_2\cdots q_n$

と2通りに素元分解できたとすると、$p_1|a$なので、$p_1|q_1$であるかまたは、$p_1|q_2\cdots q_n$であるかのいずれかである。$q_1$は素元ゆえ既約元なので、前者のとき単元倍を除いて$p_1=q_1$である。$p_1\ne q_1$のとき、同様にして$p_1=q_2$または$p_1|q_3\cdots q_n$であるので、以下同様に繰り返すことで$p_1$は$q_1,q_2,\cdots ,q_n$のいずれかと単元倍を除いて一致することがわかる。この議論を繰り返せば、この2つの素元分解が同じものであることがわかる。//

単元倍を除いて、とは、例えば整数6は2・3とも1・2・3とも(-1)・(-1)・2・3とも分解できるが、1や-1の適当な個数の積はともかくとして、「2・3」という部分の表し方は一意である、という意味である。この命題が成り立つので、ふつう素元分解整域のことは一意分解整域(unique factorization domain,UFD)と呼ぶ。

命題　UFDにおいては、既約元は素元である。

（証明）

RをUFD、$x\in R$を既約元とすると、

$x=p_1{p}_2\cdots p_r$

と素元分解することができるが、xは既約元なので、$r>1$とすると$p_1$または$p_2\cdots p_r$のいずれかは単元となり、矛盾。したがって$x=p_1$となり、すなわちxは素元である。//

つまり、UFDにおいては素元という概念と既約元という概念が一致する。

また、UFDにおいては、最大公約元・最小公倍元という概念を考えることができる。

命題　RがUFDならば、Rの任意の2元について最大公約元・最小公倍元が単元倍を除いて一意に存在する。

ここで、最大公約元・最小公倍元とは、下で定義される元のことである。

定義　dがaとbの最大公約元であるとは、dはa,bをともに割り切り、かつ、a,bをともに割り切る任意の元cに対し、cがdを割り切ることである。mがaとbの最小公倍元であるとは、a,bがともにmを割り切り、かつ、a,bにともに割り切られる任意の元cに対し、mがcを割り切ることである。

言葉にして書くとまどろっこしいが、よく考えればこれが整数における最大公約数・最小公倍数の特徴づけになっていることがわかるだろう。整数の集合には絶対値という概念があるので、最大・最小という言葉の意味はもっと素朴に考えてもよいのだが、一般の環にはそのような「大きさ」はないのである。

PID

整域Rであって、Rの任意のイデアルが単項イデアルであるものを、単項イデアル整域(principal ideal domain,PID)という。

命題　$\mathbb{Z}$はPIDである。

（証明）

$I\subset \mathbb{Z}$をイデアルとし、Iの元の中で最小の正整数を$a$とする。$x\in I$を任意にとると、$x=aq+r$を満たす整数$q,r(0\le r<a)$が存在する（cf.初等整数論/整除性）。このとき、$r=x-aq$なので、$r\in I$である。しかし、$r>0$とするとaがIの元で最小の正整数であることに反するので、$r=0$。すなわち、$x=aq$と表せるので、$I=(a)$である。//

整域がPIDであればUFDである。つまり、PIDとはUFDの中の特別なものである。

Euclid整域

$\mathbb{Z}$がPIDであることを示すのに、初等整数論における定理を用いた。他の整域であっても、同様の命題が成立するならばこれと同様にしてその環はPIDになるということが示される。そのような整域を（Euclidの互除法にちなんで）Euclid整域と呼ぶ。正確には、次のように定義する。

定義　整域Rに対してある整列集合Nへの写像$f:R\setminus \{0\}\to N$が存在して、Rの任意の元x,yに対して次の条件を満たすとき、Euclid整域という。

1. $x\ne 0,y\ne 0$ならば、$f(xy)>f(y)$
2. $x\ne 0$ならば、$y=qx+r$となるようなRの元q,rであって、$f(x)>f(r)$またはr=0であるようなものが存在する。

fとして通常の絶対値を考えると、$\mathbb{Z}$はEuclid整域である。また、体上の一変数多項式環も、fとして次数を考えるとEuclid整域である。特に$ℝ$上の一変数多項式環がEuclid整域であることは、高等学校数学II 式と証明・高次方程式#整式の除法において扱っている。

素イデアルと極大イデアル

これまでは、環全体としてある特別な性質を満たす環を中心に見てきた。次に、特別な性質を持つイデアルの代表例として、素イデアルと極大イデアルについて解説する。まずは定義を述べる。

定義　環 $R$ のイデアル $I$ が素イデアルであるとは、$a,b\in R,ab\in I\Rightarrow a\in Iorb\in I$を満たすことである。

定義　環 $R$ のイデアルmが極大イデアルであるとは、$m⊊I⊊R$なるイデアルIが存在しないことである。

中身は大きく異なるが、どちらもそのイデアルが「十分大きい」イデアルであるという主張であることは共通している。しかし、これだけではどのようなイデアルかわかりにくいかもしれない。そこでこれらの性質をより特徴付けるのが、次の命題である。

命題　環 $R$ のイデアルpが素イデアルであることは、剰余環R/pが整域であることと同値である。

（証明）

pを素イデアルとする。$x+p,y+p\in R/p$に対して$(x+p)(y+p)=0$とすると、$xy+p=0\in R/p$であり、$xy\in p$なので、pが素イデアルであることから$x\in p$または$y\in p$である。すなわち、R/pにおいては$x+p=0$または$y+p=0$である。よって、R/pは整域である。

逆に、イデアルpに対してR/pは整域であるとする。このとき、$xy\in p$とすると、R/pにおいては$(x+p)(y+p)=0$なので、R/pが整域であることから、$x+p=0$または$y+p=0$である。すなわち、$x\in p$または$y\in p$なので、pは素イデアルである。//

命題　環Rのイデアルmが極大イデアルであることは、剰余環R/mが体であることと同値である。

（証明）

mを極大イデアルとする。$x+m\in R/m$が0でないとすると、$x\notin m$なので、イデアル$(x)+m:=\{ax+b|a\in R,b\in m\}$はmを真に包含するイデアルであり、mが極大イデアルであることからこのイデアルはRと一致する。すなわち、$ax+b=1$を満たす$a\in R,b\in m$が存在する。このとき、R/mにおいては$(a+m)(x+m)=1$なので、$a+m$は$x+m$の逆元である。すなわち、R/mは体である。

R/mが体であるとする。$m⊊I$なるイデアルIを考え、$x\in I\setminus m$をとる。このとき、R/mにおいて$x+m\ne 0$なので、$(x+m)(a+m)=1$なる$a\in R$が存在する。すなわち、ある$b\in m$を用いて$ax+b=1$と表すことができ、$x,b\in I$であることから$1\in I$である。すなわち、$I=R$であり、mは極大イデアルである。

この2つから次のことが直ちにわかる。

系　極大イデアルは素イデアルである。

なぜならば、体は必ず整域だからである。ただし、PIDの場合は素イデアルという概念と極大イデアルという概念は一致する。

命題　PIDの0でない素イデアルは極大イデアルである。

（証明）

RをPIDとする。まず、定義から明らかに、単項イデアル(p)が素イデアルであることはpが素元であることは同値である。したがって、Rの0でない素イデアルはある素元pを用いて(p)と表せる。素元は既約元なので、pは既約元でもある。

ここで、$(p)\subset I$なるイデアルIが存在するとする。PIDなので、あるaを用いて$I=(a)$と表される。すなわち、ある$b\in R$を用いて$p=ab$と表される。pは既約元なのでa,bのいずれかは単元である。aが単元のときは$I=R$、bが単元のときは$I=(p)$なので、(p)は極大イデアルである。//

さて、注意深い読者なら気づいているだろうが、以上で述べたことは、環Rに極大イデアルや素イデアルというものが存在するならばこのような性質を満たす、ということである。どの環にも極大イデアルや素イデアルが存在するのか、ということにはよく気を払うべきである。結論から言うと、これは選択公理を認めるか否かによる。

命題　選択公理の下で、環RのR自身以外の任意のイデアルIには、Iを含むようなRの極大イデアルが存在する。

証明にはZornの補題を用いることができる。Zornの補題の扱いに慣れている読者からみれば、いかにもこの補題を使えそうな命題に見えることだろう。したがって、任意の環には少なくとも一つは極大イデアルがあることがわかった。極大イデアルをただ一つしか持たない環を局所環と呼ぶ。

多項式環の例

極大イデアルや素イデアルの例として、多項式環のイデアルからいくつかを挙げ、剰余環が実際にどのような体や整域になるのかをみてみる。

実数体上の一変数多項式環のイデアル$(X),(X^2+1)$は、生成元が因数分解できず、いかにも大きなイデアルであるが、実際これが極大イデアルであることが、次のようにしてわかる。

命題　$ℝ[X]/(X)\cong ℝ$

（証明）準同型$F:ℝ[X]\to ℝ$を$F(f)=f(0)$で定めると、これは全射で、$\ker F=(X)$である。//

命題　$ℝ[X]/(X^2+1)\cong ℂ$

（証明）準同型$F:ℝ[X]\to ℂ$を$F(f)=f(i)$で定めると、これは全射で、$\ker F=(X^2+1)$である。（fは$ℝ$係数なので、$f(i)=0\Rightarrow f(-i)=0$であることより従う）//

なお、多項式が既約かどうか（つまり、生成するイデアルが極大イデアルかどうか）は係数体に依存する。たとえば上で見たように$X^2+1$は実数体$ℝ$上では既約だが、複素数体$ℂ$上では$(X+i)(X-i)$と因数分解できるし、有限体$\mathbb{Z}/2\mathbb{Z}$上では$(X+1)(X+1)$と、$\mathbb{Z}/5\mathbb{Z}$上では$(X+2)(X+3)$と因数分解できる。一般に有限体$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$上で$X^2+1$が既約かどうかについては、次の命題が知られている。

命題　有限体$\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$上の多項式$X^2+1$が既約多項式となるための必要十分条件は、素数pを4で割った余りが3であること。

（証明）$p=2$のとき可約なことは既にみたので、pが奇素数のときを考えればよい。このとき、$X^2+1$は重根を持たないことに注意する。また、フェルマーの小定理より、任意の$x\in \mathbb{Z}/p\mathbb{Z}$に対して$x^p-x=0$なので、次数を考えると$X(X-1)\cdots (X-p+1)=X^p-X$であることがわかる。以上より、$X^2+1$が既約であるための必要十分条件は、$X^2+1$が$X^p-X$を割り切らないことである。

ところでpは奇数なので、$X^p-X=((X^2{)}^{\frac{p-1}{2}}-1)X\equiv ((-1{)}^{\frac{p-1}{2}}-1)Xmod(X^2+1)$であることに注意する。$p=4k+1$のとき$(-1{)}^{2k}-1=0$であり、$p=4k+3$のとき$(-1{)}^{2k+1}-1=-2$であるから、$X^p-X$を$X^2+1$で割った余りは、pが4で割って1余る数のとき0、pが4で割って3余る数のとき$-2X$である。以上より、$X^2+1$が既約多項式となるための必要十分条件は、素数pを4で割った余りが3であることである。//

ところで、$ℝ[X]$はユークリッド整域であり、したがってPID、UFDでもあるので、(0)以外の素イデアルは極大イデアルであるが、二変数の場合はそうとはならない。たとえば、$ℝ[X,Y]$のイデアル$(X^2-Y)$を考えると、生成元$X^2-Y$が因数分解できないので素イデアルであるが、$(X^2-Y)\subset (X,Y)$なので、極大イデアルではない。このことは、次の事実と対応する。

命題　$ℝ[X,Y]/(X^2-Y)\cong ℝ[X]$

（証明）準同型$F:ℝ[X,Y]\to ℝ[X]$を$F(f)=f(X,X^2)$で定めると、これは全射で、$\ker F=(X^2-Y)$である。//

$ℝ[X]$は明らかに整域だが体ではない。

商環と局所化

商環

有理数は、分母と分子が整数である分数として作ることができる。ここではこの操作を一般化して、ある環の分数として新たな環を作る操作を考えてみる。なお、非可換環でも同様のことを考えることはできるが、煩雑になるので、ひとまずこの節では特別に記さない限り可換環上で考えることにする。

まず、積閉集合という概念を用意する。

定義　可換環Rの部分集合Sが次の条件を満たすとき、この集合は積閉な部分集合であるという。

1. $1_R\in S$
2. $x,y\in S\Rightarrow xy\in S$

$S\subset R$が積閉のとき、直積集合$R\times S$上で次の二項関係を考えると、これは同値関係になっている。

$(r,s)\sim (r^{\prime },s^{\prime })\iff \mathrm{\exists }t\in St(r{s}^{\prime }-r^{\prime }s)=0$

問　同値関係であることを確かめよ。

そこで、この同値関係で割った商集合$R\times S/\sim$を考え、これを$S^{-1}R$と書くことにする。$(r,s)$を含む同値類を$\frac{r}{s}\in S^{-1}R$と表す。この集合に演算を定義して環にしたい。そのためには、有理数（すなわち通常の分数）の演算を参考に、次のように定めればよい。

$\frac{r}{s}+\frac{r^{\prime }}{s^{\prime }}:=\frac{r{s}^{\prime }+r^{\prime }s}{s{s}^{\prime }}$

$\frac{r}{s}\cdot \frac{r^{\prime }}{s^{\prime }}=\frac{r{r}^{\prime }}{s{s}^{\prime }}$

問　この演算がwell-definedであることと、この演算によって$S^{-1}R$が可換環になることを確かめよ。（ヒント：有理数において単位元・零元・加法逆元は何であったかを思い出す）

こうして定義された環$S^{-1}R$をRのSによる商環（あるいは分数環）という。商環という語はイデアルで割った剰余環と紛らわしいが、今見てきたとおりまったく別の概念である。

整数の集合が有理数の集合の部分集合とみなせるのと同様、自然な単射$i:R\to S^{-1}R;r\mapsto \frac{r}{1}$があるので、Rは$S^{-1}R$の部分集合とみなすことができる。

商環の例

商環を作る操作によって、さまざまな重要な環が作られる。

Sを可換環Rの零因子でない元全体とすると、これは積閉集合になっている。このとき$S^{-1}R$を全商環という。特にRが整域のとき、$S=R\setminus \{0\}$となるが、このとき$S^{-1}R$は体になる。これを整域Rの商体という。商体はRを含むような最小の体である。

例　$\mathbb{Z}$の商体は$\mathbb{Q}$である。

また、可換環Rの素イデアルPがあるとき、$S=R\setminus P$が積閉であることは素イデアルの定義から明らかである。このとき、$S^{-1}R$を$R_P$と書き、RのPによる局所化という。名前から察せられるとおり、局所化は局所環になっている。

命題　Pを可換環Rの素イデアルとするとき、$R_P$は局所環である。

（証明）

$R_P$の部分集合Mを

$M=\{\frac{p}{q}|p\in P,q\in R\setminus P\}$

と定める。Mは明らかに$R_P$の（1を含まない）イデアルである。これが唯一の極大イデアルであることを示す。そのためには、$R_P$のイデアルIがMの部分集合でないならば$R_P$自身であることを示せばよい。

$R_P$のイデアルIがMの部分集合でないと仮定する。すなわち、ある$\frac{r}{s}\in I\setminus M$が存在する。定義より、$r\in R\setminus P$なので、$\frac{s}{r}\in R_P$であり、Iはイデアルなので$\frac{r}{s}\frac{s}{r}=1\in I$である。したがって、$I=R_P$である。//